キリマンジャロ登山顛末記~マチャメルート敗退~その5(旅の終わり)

キリマンジャロ
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キリマンジャロ登山5日目(日本から6日目)

5日目の朝です。
体調は相変わらず最悪。

猛烈に頭が痛い。それも脳幹がズキズキするいまだ味わったことのない種類の痛み。
咳が出る。それも溺れたようなゴッポゴッポといった感じのやつ。
動けない。少しでも動くとすぐにゼエゼエする。圧倒的に酸素が足りてない。

キリマンジャロ山頂へのアタックは明日。
今日は700メートル高い地点のバラフキャンプまで行く予定。

歯を食いしばって前に進む。
20歩歩いては5分休憩。
10歩歩いては5分休憩。
そしてとうとう5歩歩いては5分休憩。

こんなペースじゃ絶対たどり着けない。
圧倒的に酸素が足りてない。

山頂はあんなに近くに見えるのに、絶望的に動けない。

ずっと見守ってくれてたメルー山を振り返り、
キリマンジャロ登頂を断念しました。

さようならキリマンジャロ。
またリベンジにくるよ。

降りると決まったらささっと撤収

本気で体調悪い人

できるわけもなく、酸素を吸わされながら降りていきます。
酸素吸ってると多少は楽ですが、それでも正直めっちゃつらい。

文字通り死にそうになりながらキャンプ地に到着。

写真は撮ったけど、何だったか覚えていない。

この旨味のない、青臭い豆とか野菜のソースがとても嫌いでした。

日本から持って行ったリフィリのカップうどん。
普段は海外食も美味しく食べる方ですが、
死にかけの体に日本食はめっちゃ美味しく感じました。

酸素のおかげでSPO2が65%まで回復。
ここは標高3080メートル地点ってこともあると思います。
御嶽山と同じくらいかな。

SPO2が回復したので、多少は動けるようになりましたが、咳が悪化。
地上で水に溺れたような、ゴボゴボ咳を繰り返してました。
多分肺水腫の兆候だったと思います。

この時の気持ちは、
「キリマンジャロ登頂できなくて残念」
「早く日本に帰りたい」といった気持ちが半々だったと思います。

キリマンジャロ登山6日目(日本から7日目)

登山口まで下山開始

ガイドにそこに立てと言われて、写真を撮られるおっさん。
正直早く降りたいんです・・・。

地味にサスペンションついてて笑った

サスペンション付きの猫車。
ガイドいわく「お前が倒れたらこれで運んでたんだぜHAHA」
下山が近いのでテンションが高くなってきてます。
一方こちらは死にそう。

ゲートに到着!

無事、下山しました。

下山できた喜びからか、
ガイドもポーターも明らかにテンション上がってました。

クルマにはごついカンガルーバーがついています。
おしゃれアイテムじゃなくて、ガチのやつなんだろうなぁ。

車に揺られて強制的にお土産物屋に連れていかれます。

ちなみにお土産はコーヒー買いました。

芋のスープかなと思って食べてたら、バナナだといいます。
バナナという単語が認識できず、何度も聞き返してしまいました。
よくアフリカではバナナが主食といいますが、日本で食べられているバナナとは違って、
全く甘くなく、イモというか”すいとん”のような食感でした。
映像だけでは得られない経験に、感動しました。

ホテルに到着。
お世話になったポーターとガイドにチップを渡します。
チップと言いつつ強制らしいです。
ガイドには90ドル渡した記憶があります。

山頂で飲もうと思って隠し持ってた135ml缶。涙の味がします。

サファリラガー。味は覚えてないけど不味くはなかった。
キリマンジャロビールの方が好みでした。

実は前夜のキャンプで早く降りたいガイドと、
出費を抑えたい僕の間で交渉が発生していました。
敗退したおかげで旅程が1日空いており、その1日分どこに泊まるかでもめてました。
ガイド「ホテルを予約してやる。100ドルだ」
僕「高けえよ。ならここでもう一泊する。それが契約だ。」
ガイド「わかった。BOSSに確認する。」
ってことで、下山後のホテルを無料でつけてくれることになりました。

今思えば英語ができない高山病で死にそうな状態で、よく交渉できたなと思います。
7日間も英語聞いていると、何となく言ってることがわかる場合があります。
+死にそうなことでの火事場の馬鹿力なのかな。


そんなわけで、ホテルで晩御飯食べてるとこのツアーのBOSSがやってきて、
明日のオプショナルツアーの相談。
ホテルはwifi飛んでるので、翻訳しながら交渉して
昼飯無しで60ドルのサファリをつけて貰うことにしました。

やっぱアフリカに来たからには、
ジャングルの王者ターちゃんで憧れたアフリカの大地を見とかないとね!

日本から8日目

このソーセージもパッサパサでした

朝4時くらいからスタート。
頭痛は収まっており、完食できました。

アフリカの町。
カンボジアもこんな感じだったけど、アフリカは道路がアスファルトな箇所が多い。
カンボジアは土だった。

郊外から離れていきます。
The荒野って感じですね。

ジープが続々と集まってきています。
ランクル率が高かった記憶が。

タランガー国立公園に到着です。

受付を済ませたら、いざサファリツアー!
天気も恵まれて最高のサファリ日和です。
なお相変わらず溺れたような咳。

インパラさん

ダチョウ。意外とでかかった。

湖の周りに集まる動物たち。
これ、テレビで見たやつだ!
この周りにライオンとかいるんだろ!

ライオンがよくいる場所に向かいます。
橋渡るの怖っ

猿の群れに遭遇。

日本の猿でも見る光景。
何猿なんだろうか。

遠くの水場に象がいます。
日本の動物園でも見れますが、野生の象ははじめて!

つぶらな瞳が可愛い。

つづいてキリン。
こっち見んな。

ライオンスポット周るも、見つかりませんでした。
ちなみにサファリツアーはランクルのサンルーフから天井に乗って、
開放的な状態で周ります。
他のランクルはたいていツアーだったので、
日本人のおっさんがぽつんと一人は目立ったかも。

テレビで見た光景

抜けるような青と地平線。めっちゃいい天気。
テレビでしか見たことがない景色。
この景色を見れたことは一生の思い出です。

キリマンジャロ敗退したおかげで見れたので、
結果的にはOKだったかもしれません。
ここにきて、ほんとによかった。

サファリをあとにします。
タンザニアのガソリンスタンド。
軽油が2291シリング≒100円くらい。
日本の2019年の軽油価格が115円らしいのでちょっとだけ安い。

最後の宿はスィートルーム。
どでかい部屋が3つに、

どでかいバスルーム

外にはプールもあります。

ちょっとだけ町に出てみましたが、周りはほぼ黒人。
アジア人一人で歩くのは怖くてびくびくしながらお店で酒を買ってきました。
怖かったので写真を撮る余裕は無いです。

ディナーはビュッフェスタイル。

肉もその場で焼いてくれます。

異国の料理食べるの好きなので、なんか色々食べた気がします。

部屋に戻り、ひとり反省会。
部屋が広すぎて落ち着かない。

日本から9日目(最終日)

お土産とか買わない方ですが、
飛行機までの時間が余っているのでマサイマーケットにやってきました。
ずっと見守ってきてくれたメルー山の絵だけを買って、
客引き多くて嫌になり早々とホテルに戻ります。

約束の時間になったので、飛行機までの迎えがやってきました。
ちなみに高級ホテルみたいで、車の下に鏡とか入れて爆発物警戒してました。
今考えると怖い。

タンザニアの街並み。
たぶん現地のSIMを扱っているであろう店が多かったです。
ガイドもスマホ持っていたし、都市部は結構発展しているようです。


空港は郊外にあります。

お土産に買ったお酒類が入ったバッグを落としたら、
ビール缶が破裂するハプニングもありましたが、なんとかチェックイン完了。
あとはフライトを待つだけです。
キリマンジャロビールとポテチで乾杯。

フライトの時刻になりました。
ばいばい、タンザニア。

19時に成田に到着。めっちゃ疲れた。
相変わらずゴボゴボした咳をしながら入国審査?します。

新型コロナウィルスが流行っている2020年現在だったら、
絶対別室に連れていかれただろうな。

キリマンジャロまとめ

キリマンジャロ登山6日間、飛行機での移動も含めると11日間にわたる長い旅でした。
キリマンジャロは高山病に苦しめられて登頂することはできませんでしたが、
とても良い経験になったと思います。

日本の高い場所には行きまくってたけど、高山病に苦しめられた経験がなく、
あんなにつらいものだとは思いませんでした。
筋力的には全く余裕なのですが、ちょっとでも動くと息が苦しい。
酸素ってあんなに大事なんですね。

ガイドに頼り切る登山が嫌で、
ツェルトなどの最低限の荷物を背負っていましたが、
最後は荷物も持ってもらい下山してました。
本当に恥ずかしかった。

ダイアモックも持っていきませんでしたが、
次高山に行くときは絶対持っていきます。

登頂には失敗しましたが、サファリには行って大正解。
アフリカの大地を見れて本当に良かった。
キリマンジャロに挑戦する人いたら、
絶対にサファリも行った方がいいです。

あと、2019年に行っててほんと良かった。
1年あとの2020年、コロナが蔓延する今だったら行くことができなかったでしょう。

次の目標はロシアのエルブルースだ!

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